浦原 | ナノ
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▼ 添い寝

「あんたその顔どうしたん」

お昼休憩に浦原隊長とひよ里とともに瀞霊廷内で行きつけのお蕎麦屋さんに入ると、ばったり、とリサと愛川隊長と平子隊長に遭遇した。そしてせっかくだからと合席することになり、わたしの正面に座ったリサの第一声がそれだった。

「……そんなにひどい?」

「くまはあるし顔もなまっちろい。ちゃんと寝とんの?」

「うーん…ぼちぼちかなぁ」

化粧で誤魔化しているつもりだったのだが、リサの目は誤魔化せなかったらしい。リサに言われた通り、最近、よく眠れない。仕事が忙しいわけでもないし、私生活が忙しいわけでもないのに、夜、布団に入ってからなかなか寝付けず、気づけば外が白み始めているのだ。お品書きを見て、とろろそばを注文すると、隣に座ったひよ里に頭を掴まれてぐりん、と思い切り横を向かされる。すごい動きをさせられたせいで首がぴきって言った気がした。わたしの顔をまじまじと見たひよ里が、わたしの顔を死覇装の袖でごしごしとこすり始める。

「ちょ、ひよ里、痛い痛い!鼻と化粧がとれる!」

「うっさいわこのハゲ!!」

しばらくごしごしした後に化粧が落ちてしまっただろうわたしの顔を見てますます不機嫌そうに眉間に皺を寄せていくが、わたしもちょっと怒りたい。鼻とか赤くなっていないだろうか。

「言えや!!」

ひよ里の怒声に目を丸くした。言えって、寝不足ってことだろうか。体調が悪いとかではなくて、本当にただ寝付けないだけなのだから人に心配をかけてはいけないと誤魔化していたのだが。ひよ里がとても怒っているので、ごめん、と咄嗟に謝ると、わかっとらんやろ!と頭突きされてしまった。ゴッチーン、という鈍い音が蕎麦屋に響く。あまりの痛みに頭を押さえて悶える。ひよ里とは反対の隣に座っている浦原隊長が患部を撫でてくれようとしているが、先程ひよ里に化粧を落とされてしまったので出来れば顔を見せたくなくて大丈夫です、と少し距離をとった。

「ひよ里、みょうじが心配ならキレる前にそう言え」

「心配なんてひっっっとことも言うとらんやろ!ええ加減なこと言うなや!」

愛川隊長がひよ里の頭をべし、と叩く。心配してくれているのはわかっているから大丈夫です。これはひよ里の愛の鞭。痛すぎて涙が出そうだけど。愛川隊長に噛みついているひよ里をよそに、リサと平子隊長と浦原隊長はわたしの寝不足について言及することにしたようで、そんなに仕事忙しいん?と聞かれてしまう。当然わたしの仕事量を把握している浦原隊長はそんなことないとわかっているから今は仕事も落ち着いてる方だと思うんスけどねェ、と首を傾げていた。

「コラ喜助ェ、いくらお盛んでもちゃんと寝かせたらなアカンやろ」

「えぇ〜ボクっスか?」

「平子隊長それは立派なセクハラです」

仕事が原因じゃないということは、と平子隊長の呆れ返った目が浦原隊長に向く。真昼間からなにを言っているのだ、この人は。お盛ん、というのは、つまり、そういうことなのだが、誤解であると強く否定したくても、じゃあそういうことは何もないのかと聞かれてしまえば答えようがない。少なくとも最近は本当にそういうことはないことだけは主張しておきたい。そういうことって言い過ぎてそういうことがゲシュタルト崩壊し始めている。

「本当になんでもないんです。ちょっと寝付きが悪いだけなので、すぐなんとかなります」

「なんでもない言う顔しとらんけどなぁ」

「夜むらむらしとるんやったら適度に発散した方がええよ」

「してないですけどね!!」

本当に!昼間から!その後も店員さんが運んできたとろろそばをすするわたしから、にやにやとしたリサと平子隊長の視線は離れなかった。そう長くはないはずのお昼休みでぐったりと疲れてしまって、自分の執務机に戻ってすぐにうつ伏せる。そうするとすぐに睡魔が襲ってきて、夜は眠れないのにどうして、と理不尽な憤りを覚えてしまう。すぐに始業の鐘が鳴って起き上がるが、ぼーっとした頭はなかなか覚醒してくれなかった。これでは仕事の効率も落ちてしまうなぁ。そろそろ本気で、どうにかしなくてはいけないかもしれない。涅三席に眠れる薬でも作ってもらおうか。いや、永遠に眠ることになるかもしれない。書類に目を通しながら考えるが、なかなかいい考えは浮かばない。終業の鐘が鳴る頃には、いつも片付いているはずの書類がまだたくさん残っていて、残業かぁ、と頭を抱えた。何をやっているんだ、わたしは。

「なまえサン、帰りましょ」

鐘が鳴ってすぐ隊首室からひょっこりと顔を出した浦原隊長は、今日は珍しく定時で退舎できるらしい。しかし仕事が終わっていないわたしは、そのお誘いを断るしかない。自分の不甲斐なさに泣きそうだった。

「すみません……」

「うーん、本当に具合悪いんスねェ」

サッとわたしが抱えている書類に目を通した浦原隊長は、急ぎのものもないので今日はもう帰りましょう、とわたしの荷物を勝手に片づけ始める。

「う、浦原隊長!わたし今日は残業を…」

「だぁーいじょうぶ。いつもなまえサンが真面目に頑張ってくれているおかげで、このくらいの遅れを取り戻すくらいの余裕はありますよ」

ほら立って。帰りますよー。のんびりした声と裏腹に強引な手腕でわたしを執務室から連れ出した浦原隊長は、無理しないで休めってボクに言ったのはなまえサンっスよ、となおも困惑するわたしの額をポン、と軽く叩いた。それを言われてしまったら、わたしにはもう反論の言葉はない。

「今日は美味しいもの食べて、早く寝ましょ」

その言葉通り、浦原隊長は美味しい和食のお店に連れて行ってくれて、寝付きがよくなるかもしれないから、と少しのお酒をわたしに飲ませた。たしなむ程度には飲めるので少しで酔っぱらうわけではないが、寝不足ということもありいつもよりもお酒がまわっている感覚がある。浦原隊長の言うとおり、今日は早く布団に入ろう。眠れるかはわからないけれど、浦原隊長の厚意には応えたい。今日は、ありがとうございました。部屋まで送り届けてくれた浦原隊長に頭を下げる。浦原隊長は優しく笑って、なまえサンが元気になってくれたらそれでいいと言ってくれた。なんとなく、離れがたくなって浦原隊長の羽織を掴む。すみません、と小声で謝って頭を浦原隊長の胸元に預けると、浦原隊長は少し思案したようにうーん、と声を出した。

「一緒に寝ます?」

「は…っ!?」

突拍子もない提案に咄嗟に浦原隊長と距離をとってしまった。あんぐりと口が開いているのがわかる。確かに引き留めたのはわたしだけど、そんなつもりじゃなかったのに。昼休憩の際のリサや平子隊長の言葉が脳裏を過った。

「やだなァ、添い寝するだけっスよ」

ちょっと意地悪に笑ってわたしの頭を大きな手でぽんぽん、と撫でる浦原隊長に、一気に顔が熱くなった。意識してしまったことが、バレてる。恥ずかしさを隠すためにぐりぐりと頭を強く押しつけた。お風呂入ってからまた戻ってきます、と言ってわたしに背を向ける浦原隊長が戻って来る前にわたしもお風呂に入って寝る準備を整えなければならない。お風呂の前に布団の準備しておきたいところではあるが、いつもわたしが使っている布団を敷いてから、予備の布団を敷くべきか、という問題に直面する。お付き合いしているのだし、添い寝する、と隊長が言っていたのだからひと組でいいはず、ではあるのだけど、あからさまにひと組の布団を見た浦原隊長がどう思うだろうか。期待している、とか、思われないだろうか。さっきも恥ずかしい思いをしたばかりだし、とりあえずお客様用の布団をわたしの布団の隣に並べて敷いた。思わぬことに時間を使ってしまったから、早くお風呂に入らなければ。わたしってこんな早さで入浴できたんだな、と我ながら感心してしまうような素早い入浴を終え、濡れた髪のまま肩に手ぬぐいをかけて部屋に戻ると、浦原隊長はすでに寝巻の甚平姿でわたしの部屋に戻ってきていた。

「ちゃんと髪乾かさないと風邪ひいちゃうっスよ?」

苦笑して肩にかかっている手ぬぐいでわたしの髪を優しく拭く。部屋着だからか、いつもよりも開いている胸元。身長差と、向かい合って頭を拭かれているのがあって、その胸元が眼前にある。顔が酷く熱い。邪なことばかり考えてしまう。わたしは、いつからこんないやらしい子になったのだろうか。浦原隊長が拭きやすいように俯いているのだが、きっと耳が赤くなってしまっているのが、目ざといこの人にはバレてしまっているのだろう。しばらくして、わたしの頭を拭く浦原隊長の手が止まる。どうやら終わったらしい。浦原隊長は顔を赤くして明らかに挙動不審なわたしには何も言わず、寝ましょっか、と拭いたばかりのわたしの頭を数度撫でた。

「ありゃ。布団二枚敷いたんスね」

「だ、だって、」

「別の方がいいんスか?」

先程、散々悩んだことを、やはり突っ込まれてしまった。さっきから、恥ずかしい思いばかりしている気がする。ちらり、と浦原隊長を見上げると、口元をゆるめて楽しそうにわたしを見下ろしていた。この人、確信犯だ。もう、と拗ねたように顔を背けると、浦原隊長はくく、と低く喉を鳴らして、どうします?と再びわたしに問いかけた。

「……い、いっしょがいい、です」

浦原隊長の思惑通りに動くのは少し癪ではあったが、自分の気持ちには抗えなかった。何かと忙しい浦原隊長と一晩過ごせることなんて、そうあることではない。人前でくっつくなんて、恥ずかしくて出来ないし、そんなところをひよ里に目撃でもされたらどんな惨事になることか。わたしの返答に破顔した浦原隊長は、機嫌よさそうにじゃあ寝ましょ、とわたしが普段使っている布団に潜り込み、掛け布団をわたしが入りやすいように少しめくって手招いた。

「し、失礼します」

「どーぞどーぞ」

ころん、と横になると、ちょうどわたしの頭の下に浦原隊長の腕が置かれる形になった。腕枕、なんて。ドキドキしてしまって逆に眠れないのではないだろうか。わたしの方を向いて横になる浦原隊長は、空いてる手でわたしの目の下を軽くなぞった。

「こんなに目の下にくま作っちゃって…。もっと早く言ってくれればよかったのに」

「だって浦原隊長、お忙しそうでしたし…」

「忙しさを理由にしてなまえサンをおざなりにするつもりはないっスよ」

「……でもわたしもそろそろまずいと思って、涅三席に睡眠導入剤を作ってもらうことを検討してました」

「それはまたすごい度胸っスねェ」

目の前で、浦原隊長の喉仏が震えた。涅三席が、ひよ里が、平子隊長が、等の他愛のない話をしていると、ここ最近布団に入って目を閉じていても、なかなかやってきてはくれなかった眠気が段々と襲ってきた。それはきっと、わたしが何よりも安心する浦原隊長のにおいと、優しく撫でてくれる大きな手と、いつもよりも落ち着いたトーンで、ゆっくり喋る声の影響なのだろう。眠れそうっスか?と問いかけられて、首を小さく横に振った。きっとこのまま目を閉じれば気持ちよく眠れるだろう。最近わたしの頭を悩ませていた睡眠不足も、明日の朝には解消されているはずだ。だけど。

「せっかく浦原隊長と一緒にいるのに、眠ってしまうのが勿体なくて」

こんな風にふたりでゆっくりできる時間が次いつ来るかなんてわからないから。眠ってしまわないように頑張って目を開けてわたしの頭より少し上にある浦原隊長の顔を見つめると、きょとん、とわたしを見たあとで、眉尻を垂らして笑った。

「言ったでしょ。ボクはなまえサンを大切にしたいんです」

だから、こういう時間はまた一緒に作りましょ。優しい声とともに、ちゅ、と瞼に唇が降ってくる。反射で閉じた目は、なんだかとても重くてもう一度開けるのが億劫だった。優しいぬくもりに包まれて、わたしの意識は闇に沈んでいった。翌朝、わたしを心配して部屋を訪ねてきたひよ里に呑気に寝こけているわたしと浦原隊長が見つかって、怒声で起こされることになるが、それもまた、愛すべき十二番隊の日常、というやつなのだろう。


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